金沢医科大学医学部 合格|不安で泣きながら勉強した総合型選抜前の1ヶ月
高校を卒業してから3年間、同じ予備校に通っていました。 環境に慣れてしまっていたので、4浪目は予備校を替えたいと思いました。 いつでも質問ができ、女子寮があって自習室が快適なところを探していました。 最初の予備校は親が決めてきたので、今度は自分で見て決めたいと思っていました。 自分で見学に行って、親も賛成してくれたのでメルリックス大阪校に決めました。
記事を見る高校を卒業してから3年間、同じ予備校に通っていました。 環境に慣れてしまっていたので、4浪目は予備校を替えたいと思いました。 いつでも質問ができ、女子寮があって自習室が快適なところを探していました。 最初の予備校は親が決めてきたので、今度は自分で見て決めたいと思っていました。 自分で見学に行って、親も賛成してくれたのでメルリックス大阪校に決めました。
記事を見る高1から高3の夏まで同級生と一緒に大手予備校に通っていました。 でも、授業のレベルが自分に合っていなくて難しすぎると感じていました。 そんな時、知り合いにメルリックス名古屋校を紹介してもらいました。 メルリックスではマンツーマン授業が受けられると聞き、自分のレベルに合わせて苦手な部分を個別指導で補うことにしました。
記事を見る現役の時、大阪校の関西医科大学推薦プレテスト模試を受けました。 そのプレテストの内容がとても実際の試験に特化していたのと、出願書類の添削などで親身に対応していただきました。 残念ながら推薦も一般も不合格で1浪することになり、最初は大手予備校に通いました。 ところが、ちょうどコロナ禍となり対面授業が行われなかったので、辞めることにしました。 メルリックス大阪校に通い始めたのは1浪の9月からです。 今から思うと、ギリギリのタイミングだったと思います。
記事を見る5浪が決まった時にガラッと環境を変えたいと思いました。 ずっと浪人時代は父と一緒にメルリックス学院のブログを読んでいました。 なので「もうここしかないだろう」という感じで、東京のメルリックスにお世話になることにしました。 僕は関西出身なのですが、家族が自分のために1年だけ東京に引っ越してきてくれました。 父の仕事の融通が利いたこともありますが、家族と一緒に移住できたことは心強かったです。
記事を見る現役生の時、直前対策講座でメルリックスに来て、雰囲気が明るくていいなと思っていました。 結局、1浪することになって最初は宅浪していたのですが、5月の全統模試がひどい成績で「これはまずい」と焦り、メルリックスに途中入学しました。
記事を見るメルリックスを選んだのは、大阪校が江坂にあって高校の行き帰りに通えて便利だったこと。 また、母が「合格実績がいい」と調べてきたのがきっかけでした。 高1の時は数学と物理の個別指導を受けていました。 どうしても物理が苦手でむいてないなと思ったので、高2の時に生物に変えました。
記事を見るそれまでは別の医学部専門塾に通っていましたが、東京女子医科大学の「至誠と愛」推薦の資格が自分にあると知り、せっかく出願できるなら受けてみようと思いました。 インターネットで「女子医 推薦 塾」と検索したらメルリックスが出てきたので、8月の暑い日に大阪校まで見学に行き、入学することに決めました。
記事を見る高2の時に東京女子医科大学のオープンキャンパスに行きました。 その時にメルリックスと、もう1つ別の予備校の推薦対策講座を受講したという在校生の方々から話を聞くことができました。 どちらも東京の予備校だったので、通うのは難しいかなと思っていました。
記事を見る高3の秋から、東京医科大学の推薦対策でお世話になっていました。 なので推薦で不合格になった時は、ショックで落ち込むだけ落ち込みました。 でも、翌日には気持ちを切り替えて、それまで通っていたもう1つの塾とメルリックスのどちらにしようか考えました。
記事を見る父の知り合いで慶應医学部の人がメルリックスに通っていたということで、紹介されたのがきっかけです。 初めて見学に行った時にいろいろな話をしてくれました。 その時、私立医学部にも推薦という選択肢があるんだなと初めて知りました。 学力に自信がなく、一般選抜では確実に受からないなと思っていた僕にとって、大きく運命が変わった瞬間でした。
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