
藤田医科大学医学部合格|13浪で医学部合格──「正しい指導」に出会った一年
A.Sさん
藤田医科大学医学部進学|一般前期
多浪生が珍しくないと言われる医学部受験生ですが、A.Sさんは13年間にわたる長い浪人の末、2校の医学部から合格通知を受け取りました。医学部入学までは時間がかかったAさんですが、進学後は勉強と部活に励みながら、中位以上の成績で進級しています。
大学生活も落ち着いたタイミングで、医学部合格に至るまでの話を聞くことができました。
その他の合格校 |
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金沢医科大学一般前期合格 / 獨協医科大学一般前期一次合格 / 久留米大学医学部一般前期一次合格 |
医学部合格までの13年間の道のり
これまでに13浪していたと言うと、途中で他の学部に進んだり、仕事をしていた時期があるのではないかと思われることがありますが、そういうことはありません。
正確に言うと、医学部ではない大学にほんの少し通ったことはありますが、周囲との違和感を感じて退学しました。その大学の方やその大学を目指していた方には迷惑をかけたと思います。でも、退学届を出した時に「自分にはもう医学部しかないんだ」と改めて思いました。
高校時代は自分で言うのもなんですが勉強していなかったと思います。偏差値30、偏差値40からの逆転合格という合格体験記がよくありますが、そういう医学部受験生でした。親も大手予備校に入っても授業についていけないだろうと思ったようで、1浪目から4浪目までは少人数制の予備校に通いました。親元を離れて寮に入り、寮と予備校を往復する浪人生活が始まりました。
4年間がんばってそれでも結果が出なかったので、自宅に戻って宅浪の形を取りました。基礎がないところから必死に勉強して疲れてしまったこともあります。そのあたりから、ようやく自分なりの勉強法がわかってきて、成績も現役生の時とは別人のように伸びました。
そこで親とも相談し、7年目は思いきって東京の予備校に入って、勝負をかけることにしました。それでもなかなか結果が出なかったので、10年目の時にこれはもう一区切りをつけた方がいいかもしれないと思い、別の学部を受けて合格しましたが、前述したようにすぐ退学して、今度は関西の予備校に入りました。
親はいつも自分のために医学部受験や予備校の情報を集めてくれていて、自分が今こういう状況だからこういう予備校が合っているのではないかと提案をしてくれました。親には本当に感謝しています。
その後は原点に返って1浪の時に通った予備校に再度入校しましたが、どうしても英語が足を引っ張っていました。そこで英語を伸ばしてくれそうな先生が渋谷のメルリックス学院にいるよと友人から聞いて、二度目の上京をしました。
長文読解と物理の学力が上がって「いけるかも」と
メルリックス渋谷校は教室や自習室など、自分の好きなところで自習できましたが、自分は地下教室の居心地がよくて、いつもそこで勉強していました。
先生方はもちろんわかりやすくて、親身になって教えてくれました。英語は長文読解の正解率が上がったおかげで、正規合格をいただいた藤田医科大学をはじめとして、金沢医科大学や獨協医科大学などスピードが必要な大学にも合格できたので、英語ができるようになったのは大きかったです。
また、物理の辻先生にはお世話になりました。正直なところ、13年も受験勉強していると、そんなに新しい教材や新しい教え方に出会うことはないのですが、辻先生のテキストは目新しくて自分の知らない事を多く学ぶことができ、時間が足りない医学部入試で図を用いた解法で時間短縮に繋げることができました。過去問をやっていても、これまで解きにくいと思っていた問題にも手をつけることができました。
山あり谷ありの入試も周りのサポートで乗り越えた
メルリックスでは自己流の勉強をせずに、先生方の言うことを素直に受け入れようと決めていました。よく何年も浪人していると、この授業は要らないとか、あの先生とは合わないとか言って、授業を切る人がいますが、自分は与えられたものはすべてこなすだけでなく、必要だと思えば個別指導も取りました。
そのかいあって、金沢医科大学の補欠に入ることができ、繰り上げは回ってきませんでしたが、もうあと少しという手応えを感じていました。13年目の浪人を始める時は、親ともこれで駄目なら医学部受験は最後にしようと話していました。
最後の年と決めて、担任の川村さんとも受験校を綿密に考えていたのに、東海大学の出願を忘れていて、受けることができませんでした。自分でも信じられず、ショックを受けたまま担任に謝りに行ったところ、自分がよほど元気なく見えたのか、食事に連れて行かれて励ましてもらいました。
あの時は精神的にキツかったです。藤田医科大学の一次試験も受かったという手応えはあったのですが、二次試験でどうせ落とされると思っていました。金沢医科大学に一次合格した時も、昨年あと少しのところで補欠が回ってこなかった時のことを思い出して、また金沢まで行って落とされたらどうしようと思いました。
担任の川村さんからは、二次対策も悔いを残すなということで、小論文・面接対策はもちろん、藤田医科大学の二次試験前日は、メルリックス名古屋校に行って、最後の仕上げをしてもらいました。毎年、名古屋校から藤田医科大学に多くの生徒が合格しているので、たくさんの情報を持っていて、MMI対策なども完璧でした。
また、緊張や連日の入試で疲れていたのか、ホテルに戻ってから体調が悪くなってきてしまい、名古屋校に電話して紹介してもらえるクリニックがないか聞きました。その時、スタッフの方々に本当に親切にしていただいて、これまでも自分はこうしてたくさんの人に支えてもらって、医学部を受験していたことを改めて自覚しました。
医学部に入学してからの生活
藤田医科大学と金沢医科大学から正規合格をいただき、藤田医科大学に進学しましたが、学内は8~9割の学生が国公立志望で私立専願の人が少ないことに驚きました。また、英語の発音が綺麗な人が多いことにも驚きました。
医学部に受かるまで長い年月がかかりましたが、この経験を無駄にすることなく、できる限り長く医師として働きたいと思っています。まずは卒業して医師国家試験に合格できるように頑張ります。それが自分を支えてくれた家族や先生、友人達への何よりの恩返しだと思います。





