大阪医科薬科大学合格|得意な理科を武器に志望校合格~2025年度入試合格速報~
成田智和さんは、現役時代には私立医学部を5校受験するもすべて一次試験で不合格という結果でした。浪人を機にメルリックス学院名古屋校に入校しました。そして迎えた2025年度入試では、5校の一次試験に合格し、二次試験を受験した5校のうち4校に正規合格しました。
現役時代と何が変わったのか、メルリックス学院名古屋校での生活について、そして医学部受験に成功した要因について語ってくれました。
その他の合格校 |
藤田医科大学医学部/岩手医科大学医学部/聖マリアンナ医科大学医学部/帝京大学医学部1次合格 |
進学校で落ちこぼれだった現役時代
――まず成田さんがどんな高校時代を過ごしていたのか教えてください。
成田:高校1年生から3年生夏まで、部活動のサッカーを中心とした生活を送っていました。一方で、勉強は後回しになることが多く、結果的に岐阜高校での定期試験や実力テストでは300位を越えることもよくありました。(笑)
―― では高校時代はどういった勉強法をしていましたか。
成田:自分の通っていた岐阜高校は宿題が少なかったので、小テストや定期考査前に短期集中型の詰め込み学習をしていました。今になって考えれば、あの時にもっとしっかりと勉強に向き合っていればと後悔しています。
―― 高校時代には学習塾には通っていましたか。
成田:地元の塾に通っていました。30人程度の集団授業が中心で、生徒の自主性を重視した方針でした。医学部に特化した塾ではなかったので、医学部に特化した対策は特になく、ひたすら赤本を解いていました。
――現役時代の入試結果はどうでしたか。
成田:現役時代には、私立医学部を5校受験しました。地元の愛知医科大学と藤田医科大学、そのほかにも帝京大学、聖マリアンナ医科大学、川崎医科大学を受験しました。結果は、すべて一次試験で不合格になりました。成績開示の結果では、藤田医科大学は英語と数学のマークシートの合計点が69点で足切りでした。愛知医科大学は200点程度でこちらも合格最低点まで80点以上開きがあり、絶望しました。
―― なぜメルリックス学院名古屋校を選んだのですか。
成田:正直なことを言えば、最初は親に「メルリックス学院が良いから行きなさい」と言われたことが、校舎に足を運ぶきっかけでした。(笑)
―― では実際にメルリックスの講座に参加してみて、正直な感想をお聞かせください。
成田:実際に参加して、最も驚いたことは情報量の多さでした。愛知医科大学や藤田医科大学の入試前日セミナーでは、ネットでは調べられないような有益な情報についてたくさん聞くことができました。また、愛知医科大学の前日セミナー後には、数学科の朝倉先生と話す機会があり、そこでこれまでの勉強スタイルでは医学部入試に通用しないことに気づくことができました。こうした経験から、浪人した際には、メルリックス学院にお世話になりたいと思いました。
数学と向き合い続けた1年
――メルリックスでの印象に残っているエピソードを教えてください。
成田:めちゃくちゃいろいろなエピソードがありますが、今振り返ってみるとこの一年は嫌いな数学との戦いだったなと思います。
―― 数学にはどのように向き合ってきましたか。
成田:春期講習の空きコマの時間に、数学科の朝倉先生に数学の質問をしに行った際に、数学の基礎知識が不安定であることを指摘され、危機感を持つようになりました。
――本科の授業が始めってからはどうでしたか。
成田:メルリックス学院では、毎日の授業のほかに、週単位で授業内容を確認するためのチェックテストを翌週に実施していました。そのため、特別な勉強をすることはなく、毎週チェックテストに向けて毎回の授業の復習を完璧にすることを意識して取り組んでいました。
――成績は順調に伸びていきましたか。
成田:夏までは、知らないことや曖昧な知識を整理することで成績は順調に伸びていっている実感がありました。しかし、推薦入試を控えた秋ごろから思うように成績が伸びず、メンタル的にもかなりしんどい時期だったと思います。
―― 推薦入試では、残念ながら関西医科大学・近畿大学ともに不合格でした。
成田:成績が伸び悩み、推薦入試でも不合格になったことでメンタル的にはどん底でした。近畿大学の推薦入試でも一次合格点の最低点から30点下回り、自信を喪失しました。
――そこからどのように乗り越えて、一般選抜へ切り替えをしたのでしょうか。
成田:担任である朝倉先生が叱咤激励してくださったことや、数学の担当講師であった瀬川先生にもアドバイスをいただいたことで、少しずつ気持ちが前向きになりました。また、SSと呼ばれる医大生のチューターの方々からも、同じ境遇だった先輩からのアドバイスを受け、こうした思いを抱えているのは自分だけではないと気づかされ、一般選抜にこの雪辱を果たすために、よりいっそう勉強に向き合うことができました。
成績の変化
第1回全統記述模試
(5月)
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第2回全統記述模試
(8月)
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第3回全統記述模試
(10月)
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英語 |
70.3 |
61.6 |
60.9 |
数学 |
54.8 |
60.8 |
60.0 |
化学 |
61.3 |
70.5 |
68.7 |
生物 |
72.3 |
75.1 |
77.1 |
数学:現役時代の失敗から、丸暗記に頼らないやり方を意識して取り組みました。受験期まで数学に悩まされ続けましたが、藤田医科大学の入試では114点取ることができたので、医学部合格に必要な最低限の水準まで引き上げることができたと思います。
英語:文法問題に苦手意識を持っていたので、文法問題への対応を中心に取り組みました。英語の犬飼先生にお願いして、いろんな問題をもらって取り組みました。
化学:現役時代から苦手意識はありませんでしたが、まだ知識面で不安定だった点と計算問題の正確性に欠ける点が課題としてあり、このあたりを中心に取り組みました。結果的に浪人生活で最も伸びた科目だと思います。
生物:もともと得意教科だったこともあり、時間をかけずに成績を上げることに注力しました。化学と並んで浪人生活で最も伸びた科目だと思います。
目標にしていた大阪医科薬科大学に合格するまで
―― 今年の受験を振り返ってもらってもいいですか。
成田:今年の一般選抜では、10校の大学を受けました。地元の愛知医科大学からスタートして、最後は東京慈恵会医科大学を受験しました。
――愛知医科大学では一次試験で不合格となりましたが、その時の心境はいかがでしたか。
成田:正直なところ、あまり気に留めることがなかったです。愛知医科大学の結果が出るまでに、岩手医科大学と帝京大学の一次試験に合格していたことも、自信をなくさずに済んだ要因であったと思います。
―― 大阪医科薬科大学の一次試験の手応えはどうでしたか。
成田:自分としては、数学と英語が例年に比べて問題が簡単になったと感じ、そこで気持ちに余裕が生まれたことが大きかったです。そして得意科目の理科で90%以上取れた手応えがありましたので、一次試験後にはこれはいけると確信していました。
――二次試験を受験した5校のうち4校で正規合格といった結果でしたが、二次試験にも自信があったのでしょうか。
成田:もともと国語力には多少の自信がありましたが、メルリックスでは、小論文の授業が4月からあり、先生に何度も添削をしていただいたことで、実際の試験でも自信を持って答案を作成することができたと思います。面接に関しても、実践的な形式で、前日に想定していた質問とほとんど同じである大学が多かったです。また、下田さんとの面接指導は、本番よりも厳しく追及されるため、実際の試験では自信を持って臨むことができました。
後輩へのメッセージ
―― それでは後輩へのメッセージをお願いします。
成田:この合格体験記を読んでくれている現役生の方には、浪人生活がいかにつらくて苦しんものかまだ分からないと思います。浪人生活で自分は成長することができましたが、現役で行けるのであればそれに越したことはないと思います。なので、現役生の方は目先の楽しいことばかりに流されることなく、限られた時間を有効活用して、勉強にも向き合ってください!
これから浪人生活を送られる方には、浪人する上で最も大切なことは「継続する力」だということを伝えたいです。浪人生活は毎日朝から晩まで勉強と向き合う日々です。効率的な勉強のルーティーンを確立して、それを実践してコツコツと積み上げていく人が結局のところ合格していくのだと思います。
―― 最後に何か言っておきたいことはありますか。
成田:この約一年間の浪人生活を通して最も大切だと思ったことが「メンタルケア」です。自分自身も気持ちに浮き沈みする時期を過ごし、自分の場合には、同じ本科生の仲間やSSの方々がいたことで乗り越えられたと思います。この合格体験記を読んでくださっている方も、周りに誰か信頼できる方がいると思います。自分一人で溜め込むことなく、時には誰かに頼ることも良いと思います。